「うつ」=大人の青春と考えて生きる
「うつ」の人に聞いてはいけない質問・第一位をご存知だろうか。
「これから、どうするつもり?」
うつの人とその周囲の人とのトラブルの原因は、この心無い一言が原因である。
ちなみに引きこもりの人にも近いことが言える。(家庭内暴力のトリガーは、この言葉だったりする)
ここをグッとこらえるのが、うつの人には本当に辛い。
「これから、どうするつもり?」とは、実にナンセンスな質問だ。
未来の行動、将来の夢、願望、予定。そういう要素を漠然と尋ねながら、
同時に、「うつ」に無力な質問者の苛立ちや不安をぶつけてくる、ひどい質問だ。
言葉の暴力と言っても差し支えない。
「うつ」と戦っている人に、これに応える義理はない。
「はあ」とでも「へえ」とでも返しておけばいい。
むしろ、ムキになって反論すると、「オッ、反応が出たな」と相手を喜ばせるだけだ。
まあ、答えがない場合、一番いいのは「もう少し待って」だろうか。
それに対し「それはいつだ」と追撃してくる意地の悪い人は、相手にしてはいけないので、自分の部屋・空間に隠れてメソメソ落ち込んでおこう。(意地悪な人は相手を論破するのが目的なので、やられたふりをしておくのである)
さて、話を変えてみよう。
カセットテープを巻き戻すように、きゅるきゅると時間を巻き戻す。
「○○君(さん)は、これからなにがしたい?」
今後のことを聞かれたとき、『思春期の僕ら』はどう答えるだろうか?
思春期とは、もっともエネルギッシュな時期だ。
夢もある。将来もある。いきたい大学もある。部活がある。
定期試験がある。受験もある。家族への反抗もある。
思春期の僕らは未来への漠然とした期待と不安を、その胸中に交ぜこぜのグッチャグッチャのドロドロのミックスジュース状態にしている。
手元のことに、毎日の生活に、懸命だ。
何かに従ったり、逆らったりすることもあるだろう。
時には、痛みを受けることもあるだろう。
それでも毎日を歩み続ける。
人はこれを"青春"と呼ぶ。
つまり、青春している私たちは現在の現実を必死に生きている。
それって、「うつ」の人の生き方と少し似ているんじゃないだろうか。
うつ=大人の青春。
そう考えると、少し爽やかじゃないだろうか。
灰色の社会から抜け出して、
穏やかな公園で、
なんでこんなことしてんだろうって悩んだり、
時には、視界の向こう側に広がる青々とした山々を眺め、
久々に見る夕焼けにちょっぴり感動しつつ、
自分を責めながら、
「うつ」の人は毎日を懸命に生きている。
これはきっと青春だ。
少し悲しいことに。
「うつ」になった僕達は、その青春を客観視できてしまう。
それは少し辛い。
青春は醜く、痛いものだから。
でも、それが青春なんだ。
「うつ」になることは、ちっとも悪いことじゃない。
「うつ」とは大人の青春なのだ。
それを過ごしたっていいじゃないか。
最後に。
「これから、どうするつもりですか?」
なんて訊かれたら、とりあえず「少し待って」と先延ばしにしてみよう。
意地悪な人は、相手にしたら調子づかせるだけだから、逃げちゃえ!
もしも自分に聞かれたら、「青春します」って心の中で答えてあげよう。